人工授精は不貞行為になるか
肉体関係を伴わない不倫
浮気や不倫と言うと、一般的には肉体関係を意味することでしょう。
では、肉体関係を持たずに不倫をすることは可能なのか。
精子を子宮内に注入するなどの人工授精という方法を用いれば可能でしょう。
人工授精をする際に肉体関係は伴いません。
夫婦が双方合意の上で第三者から提供された精子を用いて人工授精する場合には、これは不貞行為にはならないのは当然でしょう。
しかしながら、夫が妻に無断で人工授精を行った場合にはどうでしょうか。
実際に争われた裁判例
これが実際に争われたのが東京地判平成24年11月12日です。
ある女性が、既婚者の男性と一緒に医師の下に行き、その男性は自分の夫であると医師に嘘をついて人工授精をしたという事例です。
裁判所は、人工授精のために精子提供を受ける場合、提供者の配偶者(妻)の承諾がない限り、婚姻関係の維持を困難にさせる蓋然性が高いと判断しました。
そして、人工授精は、不貞行為とは外形的にも質的にも異なる要素があるとしても、子をもうけるだけの関係を築き、実際に子が生まれる可能性のある行為に及ぶことは、いわば夫婦同様の関係があるといえるのであって、不貞行為に等しいか、これを超える大きな苦痛を配偶者に与えるとして、200万円の慰謝料支払いを認めました。
つまりは、不貞行為とは言えないけれども、それと同等かそれ以上に違法な不法行為であると認定しました。
このように、肉体関係がないから不貞行為ではない、だから違法ではない、なんて脱法的な言い訳は通じないわけです。
医師の責任
この裁判では医師の責任も追及されましたが、医師は騙されていただけですから責任は認められませんでした。
しかしながら、医師も、人工授精をしようとしている二人が夫婦ではなく、いわゆる不倫関係のような状態にあると知っていた場合には、違法行為に手を貸したとして責任を負う可能性が高いでしょう。
残された問題~精子バンク~
さて、このように既婚者の男性が、妻ではない女性に精子を提供して人工授精をするのは違法行為であるとわかりました。
それでは、精子バンクへの精子提供の場合はどうなるでしょうか。
既婚者の男性が妻に無断で精子バンクに精子提供をする行為は、上記の裁判例でいうところの、子をもうけるだけの関係を築くという要素は排除されます。
しかしながら、常識で考えてみてください(裁判所は基本的に常識に沿った判断をします)。
自分の夫が無断で精子バンクに精子提供をするというのは、妻にとって重大な裏切りと感じるでしょう。
自分の夫が無断で精子提供をしていたと知ってしまって、それまでと同じように婚姻関係を維持できるでしょうか。
残念ながら難しいでしょう。
このため、妻に無断で精子バンクに精子を提供する行為も違法行為となる可能性が高いと言えます。
医師も、既婚男性から精子提供を受ける場合には、配偶者の妻が同意しているか否かに配慮すべきでしょう。
さて、さらに問題として残るのが、夫が独身時代に精子バンクに精子を提供していた場合です。
このような場合、妻の同意が得られない限り、精子バンクに申告して精子を廃棄してもらわないといけなくなるのでしょうか。
ここまでくると非常に難しい問題となります。
婚姻前の行為であるから許される、黙っているだけなら問題ないとみるか、夫の子が産まれてくる可能性ある以上、それを申告しないのは違法行為になるのか。
難しい問題ですが、私見とすると、これは違法行為になる可能性があると考えます。
というのも、日本では精子バンクや精子提供に関する法規制が見当たらず、通常の父子関係と同じように考えざるを得なくなるためです。
精子バンクに精子を提供しただけだから私は父親ではありません、という言い訳は通用しません。
子どもが認知を求めて、DNA鑑定の結果父子関係が認められれば、法律上も親子となります。
ある日突然、夫の子どもが現れたという場合に、婚姻後も新たに夫の子どもが産まれる状態を放置し、それを妻に秘していたという事実は違法と認定される可能性が十分あるのではないかと考えられます。
(ただ、このへんかなり難しいところで、偶然の結果に左右されるのはおかしいかもしれませんが、おそらく実際に認知を求める子どもが現れない限り違法という認定まではされないのではないかと考えております)